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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3813号 判決

原告

イソライト工業株式会社

被告

東芝モノフラツクス株式会社

主文

一  被告は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の炉を築造してはならない。

二  被告は、原告に対し、金六七七万五五二九円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2  被告は、別紙物件目録(三)記載の炉を築造し、また、同目録(四)記載の物件を製造し、譲渡してはならない。

3  被告は、その所有する別紙物件目録(四)記載の物件を廃棄せよ。

4  被告は、原告に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

五 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

1  請求原因

(本判決の事実摘示及び理由中の判断における各特許権ないしはその発明に関する記述は、原則として各特許公報ないしは当該特許出願の願書に添付した明細所等に記載の表現、仮名使い及び句読点によることとする。)

(甲特許権について)

1 原告は、次の特許権(以下「甲特許権」といい、その発明を「甲発明」という。)を有する。

発明の名称 「炉」

出願日 昭和四六年八月六日

出願番号 特許昭四六-五九〇〇三

出願公告日 昭和五一年四月一四日

公告番号 特公昭五一-一一八〇七

特許登録日 昭和五三年一一月四日

特許番号 第九三二六一一号

2  甲発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「甲特許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「鉄板からなる炉体ケーシングに、セラミツクフアイバーのブランケツト又は、フエルトを直接又は間接に当て、セラミツクフアイバーのブランケツト又はフエルトに炉内側に開口する炉体ケーシングに達しない凹所を設け炉体ケーシング端も溶接したピンの他端を凹所内に突出せしめ、セラミツクフアイバー成形品又はコージライト、ムライト、アルミナ等の耐火物製でU字状をU字状部の両端に互に外方に延長する部分を有する止材を、左右に延長する部分でセラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面を押えて、中央部を前記の凹所内に挿入し凹所内で、これを前記のビンの他端で取付け凹所内にこの取付け部を襲うようにセラミツクフアイバーブランケツト、パルク又はフエルトを充填してなる炉」。

3(一)  甲発明は、次の構成要件からなるものである。

A 鉄板からなる炉体ケーシングにセラミツクフアイバーのブランケツト又はフエルトを直接又は間接に当て、

B セラミツクフアイバーのブランケツト又はフエルトに、炉内側に開口する炉体ケーシングに達しない凹所を設け、

C 炉体ケーシングに一端を溶接したビンの他端をこの凹所内に突出せしめ、

D(ア) セラミツクフアイバーの成形品又はコージライト、ムライト、アルミナ等の耐火物製でU字状をなし

(イ) U字状部の両端に互いに外方に延長する部分を有する止材を、左右に延長する部分でセラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面を押えて、中央部を前記凹所内に挿入し、

E この止材を凹所内で前記ビンの他端で取りつけ、

F 凹所内にこの取付部を覆うようにセラミツクフアイバーブランケツト、パルク又はフエルトを充填してなる、

G 炉。

(二)  甲発明の目的(課題)、解決手段及び作用効果は、次の通りである。

(1) 課題

「耐熱度の低い止め付け金具を用いて炉を構成でき、かつ、この金具が高温ガスで侵されることなく、しかも工事も容易な高温耐火性のセラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトを炉内面の内張材とした炉の提供」(甲特許権に係る特許公報(以下「甲特許公報」という。)の2欄一八~二三行)。

(2) 解決手段

特許請求の範囲記載どおりの構成である(甲特許公報2欄二四、二五行)。別紙図面一の上図は、甲特許公報記載の図面に示された一実施例の断面図であり、下図は、理解の便のため原告において作成したその斜視図である。

(3) 作用効果

この発明によると、炉内面に露出するセラミツクフアイバーの層の表面は無機鉱物質の材料で押えられ、ビン4はセラミツクフアイバーのベルク、ブランケツト、フエルト9で覆われ、炉内面の高温ガスから隔てられるので、高温ガス中の腐食性物質によつて侵されず高温ガスから断熱される。従つて、ビンに耐熱度の低い安価な入手容易な材料を用いることができ、また、上記のような構造であるから工事も容易で、高耐火度のセラミツクフアイバーを炉の内張り用断熱材として用いることを容易ならしめ得る(甲特許公報4欄九~一九行)。

4  被告は、昭和五一年ころから、別紙物件目録(一)記載の炉(以下「イ号物件」という。)及び同目録(二)記載の炉(以下「ロ号物件」という。)を築造している。

5  甲発明とイ号物件及びロ物件をそれぞれ対比すると、次のとおりである。

(一)  イ号物件について

イ号物件は、次のとおり、甲発明のすべての構成を充足している。すなわち、右の炉は、

a 鉄板からなる炉体ケーシング1にセラミツクフアイバーのブランケツト3がバツクアツプ部材2を介して築層されている。

b ブランケツト3には、炉内側に開口する凹所7が設けられ、当該凹所7は炉体ケーシング1に達しないものである。

c 炉体ケーシング1と一端が溶接されたロツドスタツド4がbの凹所7内に突出せしめている。

d セラミツク製で台形をなし、その開口部両端に外方左右に延長するフランジ8を有するリテイナー8の中央図をbの凹所7内に挿入し、そのフランジ8で、ブランケツト3の表面を押えている。

e リテイナー8はbの凹所7内でcのスタツド4の他端で取付けられている。

f 凹所7内には、eの取付部分を覆うようにセラミツクフアイバーと結合材との混合物9が充填されている。のごとく構成されており、これらは、甲発明の前揚構成要件AないしFを完全に充足する。

(二)  ロ号物件について

ロ号物件は、イ号物件におけるロツドスタツドをツイストスタツドに代えただけであり、上記(一)に記載したのと同様に、甲発明の構成要件AないしFを充足している。

(三)  以上のとおり、イ号物件及びロ号物件は、いずれも、甲発明の構成要件をすべて充足するから、甲発明の技術的範囲に属する。

6  被告は、甲特許権を侵害するものであることを知りながら、又は過失によつてこれを知らずにイ号物件及びロ号物件を築造したのであるから、これにより原告の被つた被害を賠償する義務があるところ、被告は、昭和五七年一月以降同五九年一二月に至るまでの間、少なくとも二億円の右炉の築造工事を行つており、原告は、甲発明の実施に対し通常受けるべき実施料額である売上高の7パーセント相当の金額一四〇〇万円の損害を被つたものである。

(乙特許権について)

7  原告は、次の特許権(以下「乙特許権」といい、その発明を「乙発明」という。)を有する。

発明の名称 「耐火断熱構造体」

出願日 昭和四八年二月一二日

出願番号 特願昭四八-一六四八一

出願公告日 昭和五三年五月一五日

公告番号 特公昭五三-一四〇八五

特許登録日 昭和五九年二月二九日

特許番号 第一一九一九〇七号

8  乙発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「乙特許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「板状に形成したセラミツクフアイバーブランケツトを多数圧縮して積層し、この中に積層方向に突き通して棒を挿入し、セラミツクフアイバーブランケツトの積層方向側面の片側に配置した炉ケーシングの如き断熱材支持誘導体に一体に形成した剛固な支持体を、積層したセラミツクフアイバーブランケツト間に、築造したセラミツクフアイバーブランケツトの間に、他側に突出しないように突出せしめ、この突出部に直接に前記の棒を保持せしめてなる耐火断熱構造体。」

9(一)  乙発明は、次の構成要件からなるものである。

A 板状に形成したセラミツクフアイバーブランケツト(単にブランケツトという)を多数圧縮して積層し、

B この中に積層方向に突き通して棒を挿入し、

C ブランケツトの積層方向側面の方側に配置した炉ケーシングの如き断熱材支持築造体に一体を形成した剛固な支持体を、積層したセラミツクフアイバーブランケツト間に、他側に突出しないように突出せしめ、

D 支持体突出部ブランケツトに直接棒を保持せしめてなる

E 耐火断熱構造体。

(二)  乙発明の目的(課題)、解決手段及び作用効果は、次のとおりである。

(1) 課題

従来公知の炉壁用耐火断熱構造体においては、ブランケツト固定用のピン、ボルトなどの固定金具の一部が炉面内に露出するものにあつては、高温に耐えることが困難であつた。

(2) 解決手段

特許請求の範囲記録どおりの構成である。

別紙図面2の上図は、乙特許権に係る特許公報(以下「乙特許公報」という。)の第二図に示された一実施例の側面図であり、両下図は、理解の便のため原告にといて作成したその一部切欠斜視図である。両面に示される乙発明の構成は、もとより一つの実施態様にすぎず、両公報には、他実施態様が第四図として示されている。

別紙図面二の図の2が炉ケーシング(断熱材支持構造体)であり、3は炉ケーシングに一体に形成した支持体、1はブランケツト、4は棒である。

多数のブランケツト1は、乙特許公報第2図のごとく圧縮積層されており、積層方向側面の方側に炉ケーシング2が配置されている。また、ブランケツト間には支持体3が他側に突出しないように突き出されており、ブランケツト1の中にはその積層方向に突き通された棒4がこの支持体(突出部)3に直接保持されている。

(3) 作用効果

乙発明の構成によれば、セラミツクフアイバーブランケツト取付用金具を高温となる面に露出せしめず、任意の厚さに容易に施工できる(乙特許公報4欄一七~一九行)。

のみならず、

・ 長期にわたつて補修を必要としない。

・ 炉内気流の流速を増大しうる。

・ 取付作業が簡単で、剛固な取付が可能で、高所においても垂れたり等を生じない。

などの作用効果がある(乙特許公報4欄一九~三一行)。

10  被告は、別紙物件目録(三)記載の炉(以下「ハ号物件」という。)を築造し、また、同目録(四)記載の物件(以下「ニ号物件」という。)を製造して「ジユラブロツクーMX」の商品名をもつて販売している。

11  乙発明とハ号物件及びニ号物件をそれぞれ対比すると、次のとおりである。

(一)  ハ号物件について

ハ 号物件の構成は

a 図中1で示されるが板状のセラミツクフアイバーブランケツトであり、多数が圧縮のうえ積層されて一つのブロツクを形成している。

b 4はパイプであり、パイプはブランケツト1の中に積層方向に挿入されている。

c 3は炉ケーシング2に点溶接された固定金具である。固定金具3は、各ブロツク毎にブランケツト1の積層方向側面の方側の面をほぼ覆つており、ブロツクの両端では直角に曲げられ、ブランケツト1の面を押える垂下突出部3が他方の側面側に突出しないよう形成されている。

d パイプ4は右固定金具3の垂下突出部3によつて直接支持されている。

以上aないしdは、乙発明の構成要件AないしDを完全に充足している。よつて、ハ号物件は、乙発明の技術的範囲に属するものである。

(二)  ニ号物件について

ニ号物件は、別紙物件目録(三)記載の固定金具3がまだ炉ケーシング2に焙接される前の部材であり、焙接の点を除いて、他はすべてハ号物件と同じ構成である。

ニ号物件を炉ケーシングに取付けてハ号物件を築造するには、別紙図面三の図に示すように第一のブロツクの一端の垂下突出の角を先ず炉体ケーシングに溶着し、これに第二のブロツクをツメと差込み孔によつて接合の上、第二ブロツクの同じく一端の垂下突出部の角を溶接し、これを順次繰返して両者を固定する方法が取られている。

したがつて、ニ号物件における固定金具は、炉体ケーシングをブランケツトの積層方向側面の片側に配置して、それは一体に固定形成せしめるものであり、ニ号物件を被数個連続して炉ケーシングに固定することによつて完成する炉(耐火断熱構造体)の構成は、乙発明のそれを完全に充足することとなる。そしてニ号物件は、乙発明の耐火断熱構造体を製造するためにのみ使用するものであり、他に何らの用途もあり得ない。

よつて、被告によるニ号物件の製造販売は、特許法一〇一条一号に該当し、乙特許権の侵害とみなされるものである。

12  よつて、原告は、被告に対し、甲特許権に基づき、イ号物件及びロ号物件の築造の差止め並びに原告が被つた損害の賠償金一四〇〇万円及びこれに対する、不法行為後である昭和六〇年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、乙特許権に基づき、ハ号物件の築造及びニ号物件の製造譲渡の各差止めを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実のうち、(二)の(2)の別紙図面一の下図は否認し、その余は認める。

4 同4の事実のうち、被告がイ号物件及びロ号物件を築造していることは認め、その余は否認する。

5 同5の事実は否認する。

6 同6の事実は否認する。被告の昭和五七年一月から同五九年一二月までの間にイ号物件及びロ号物件の総販売額は、金一億三五五一万〇五九四円である。

7 同7の事実は認める。

8 同8の事実は認める。

9 同9の事実のうち、(二)の(2)の別紙図面二の下図は否認し、その余は認める。ただし、(一)のDの「支持体突出部」は「この支持体(突出部は誤記)」と、(二)の(2)の「支持体(突出部)3」は「支持体3」とそれぞれ改められるべきである。

10 同10の事実は認める。ただし、被告は、ハ号物件及びニ号物件については現在製造販売していない。

11 同11の事実は認める。

三 被告の主張

(甲特許権について)

1 構成要件Dについて

甲特許権の止材は、U字状(馬蹄形)のものに限られ、カツプ状のものを含まないと解されるところ、イ号物件及びロ号物件は、いずれも止材がカツプ状のものであるから、構成要件Dを充足しない。

すなわち、甲特許発明書の特許請求の範囲の記載によれば、止材は、「U字状をなし、U字状部の両端に互いに外法に延長部分を有する」部材であり、その「左右に延長する部分で、セラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面を押さえ」られるものであることが明示されている。また、右止材の中央部を凹所内に挿入し、ピンの他端で取り付けた後、「凹所内にこの取り付け部を覆うようにセラミツクフアイバー、バルク又はフエルトを充填」するものであるから、右セラミツクフアイバーブランケツト等は、凹所内に取り付けられたカツプ状の止材の中に充填されるのではなく、凹所内に直接に充填されるものであることが明らかである。

もつとも、甲特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、「これ(止材)はコツプ状で縁に鍔を有する形のものでもよい。」と記載されているが、もともと、「U字状」と「コツプ状」ないし「カツプ状」とは、構成においても外観においても明らかに異なる意志を有する用語であり、原告自身、甲特許明細書において、両者を明確に区別して使用しているにもかかわらず、前記のとおり、特許請求の範囲には、「U字状をなし、U字状部の両端に互いに外方に延長する部分を有する止材」と限定して記載し、「コツプ状で縁に鍔を有する形の止材」については、何ら記載もしていないのであるから、原告はコツプ状の止材を特許請求の範囲から意識的に除外し、特許請求の範囲を限定しているものと解される。また、特許発明の要旨の認定又はその技能的範囲の確定は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものである(特許法三六条、七〇条)から、特許請求の範囲の記録内容が明確で、その記載によつて発明の内容を的確に把握できる場合には、特許請求の範囲に何らの記載されておらず発明の詳細な説明に記載されている事項を加えて当該発明の技術的範囲を確定することは許されないとこる、甲特許明細書の特許請求の範囲に記載された「U字状」なる用語の意義は極めて明確で、これにより発明の内容を的確に把握できるのであるから、この特許請求の範囲に何ら記載されておらず発明の詳細な説明にのみ記載れれている「コツプ状」なる事項を加えて甲発明の範囲を確定することは許されない。さらに、U字状止材とカツプ状止材とは、技術的にも異なる機能ないし作用効果を有しているものであるから、U字状止材がカツプ状止材を当然に包含するものとして解釈することは許されず、したがつてカツプ状の止材は、甲発明の技術的範囲に属しない。

2 ピンの材質等について

(一) 甲発明は、止材の材質として、摂氏一〇〇〇度以上の温度で使用できるインコロイ、インコネル等の高価で特殊な高温耐熱材料を用いる代わりに、耐熱度の低い安価な金属材料を用いることを発明の主要議題(目的)としているのであるから、甲発明の特許請求に記載されている「ピン」は、耐熱度が低く一〇〇〇度以上の温度で使用できない金属で、かつ、高温ガスで侵されやすい材質の物に限られるものと解すべきである。

(二) これに対し、イ号物件のロツドスタツド及びロ号物件のツイストスタツドは、「SUS-三一〇S」(旧名称「SUS-四二B」という特殊用途鋼に分類されるステンレス鋼棒又は「インコネル六〇一」という特殊の合金から作られており、これらは、いずれも、一〇〇〇度以上の温度で使用でき、かつ、炉内の高温ガスによつて侵されることのない特殊の高温耐熱材料であり、甲発明の「ピン」とは根本的に異なるものである。

(三) したがつて、この点においても、イ号物件及びロ号物件は、いずれも甲発明の記述的範囲に属しないことが明らかである。

3 先使用権について(仮低抗弁)

仮に、イ号物件及びロ号物件が甲発明の積極的範囲に属すると認められるような場合には、被害は、以下に述べるように、甲特許出願に係る甲発明の内容を知らないで、甲発明の技術的範囲に属する炉を自ら発明し、右特許出願(出願日は、昭和四六年八月六日)の際、現に日本国内においてその発明の実施である事実をしていた者であるから、特許法七九状の規程に基づき、甲特許権について通常実施権(いわゆる先使用権)を有する。

(一) 被告補助参加人東芝セラミツクス株式会社(以下「東芝セラミツクス」という。)は、三菱化工機株式会社(以下「三菱」という。)に設置される「台車型燃焼炉」の築炉工事をその元請である日築工機株式会社(以下「日築」という。)から昭和四六年四月以前に請け負つたが、炉壁及び天井にセラミツクスフアイバーを使用するという特殊な仕様に対応するため、東芝炉材築炉工事株式会社(以下「東芝炉材」という。)及びセラミツクスフアイバーの製造及び施工に優れた技術と実績を有する被告と相談し、東芝セラミツクス、被告及び東芝炉材の三社が共同分担し実質状一体として右工事に当たることとし、これを昭和四七年一月ごろに完成納入したが、その経緯は、次のとおりである。

(一) 被告は、日築と工事について打合わせをした上で、カツプ状のセラミツクハンガーを係止具として使用してフアイバーウエールを施工する技術を間発し、昭和四六年二月一五日、日築名義で「台車式加熱兼燃焼炉計図面KE四〇〇八八」を作成したものであり、日築は、三菱の引合いに応じて、この図面を添付した右燃焼炉の見積仕様書を三菱に提出した。右図面には工特許明細書記載の実施例と同様に、ロツドスタツド先端が凹所内に隠れて炉内に突出していない物が記載されている。この実施形式の物の構成は、別紙第三先使用物件目録記載のとおりである(以下同目録記載の物件を「第三先使用物件」という。)。

(2) 東芝セラミツクスは、同年四月七日ころ、右セラミツクハンガーの材質を検討し、その製造原価を計算した。

(3) 東芝セラミツクス、被告及び東芝炉材の三社は、同年五月八日、三菱の築炉工事全般について打合せを行い、別紙第一先使用物件目録記載の物件(以下「第一先使用物件」という。)の採用を一応決定した。右打合せの席において、被告は、フアイバーフラツクスの施工関係を分担することとなり、その準備として、セラミツクハンガーの米国での施工方法を調査すると共に、セラミツクハンガー取付時の孔あけ工具の作成、孔あけ作業の実施等の作業に着手することが取り決められた。

(4) その後、東芝セラミツクス及び東芝炉材は、第一先使用物件のセラミツクハンガーの構想を基礎として更に検討を重ね、最終的には、別紙第二先使用物件目録記載のセラミツクハンガー(以下「第二先使用物件」という。)を実施することとし、築炉工事を分担した東芝炉材において、第二先使用物件を使用する炉材構造図図番M〇〇八六を作成し、同年七月一九日付で日築を提出し、同年九月一四日付で同社の承認を得た。

(5) 東芝セラミツクスは、同年七月二〇日、第二先使用物件を含む自社製造分の耐火材の製造を自社手配したが、都合により一時延期となり、同年八月二四日、右耐火材お製造指示をし、同時に被告に対してもセラミツクフアイバーの発注を行つた。

(6) その後、東芝炉材は、東芝セラミツクスが手配したセラミツクハンガー、スタツド、耐火材等及び被告が手配したセラミツクフアイバー等を使用し、右三社で取り決めた上記(4)記載の図面等に基づいて、東芝セラミツクス及び被告の協力の下に、右築炉工事を行い、昭和四七年一月ころ、これを完成した。

(二) 第一ないし第三先使用物件は、以下に述べるとおり、イ号物件と構成を同じくするものである。

(1) 第一先使用物件は、イ号物件と構成を同じくするものである。

ただ、第一先使用物件は、ライニング(断熱材)の厚さのノミナル寸法(公称寸法を意味し、実際の寸法は、一定の許容差の範囲内で変動する。)及びスタツドの全般がいずれも一七〇ミリメートルであるので、ハンガー肩部の押圧によるライニングの沈みやハンガー肩部の厚みなどにより、施工者のナツトの締め具合に応じて、スタツドの先端がハンガー内部に隠れて詰物内に埋没することもあれば、スタツド先端がハンガー内の詰物から炉内に突出することもあるが、いずれにしても、「凹所内にバツクアツプ材及びセラミツクフアイバーブランケツトの積層体との厚さにほぼ等しい長さのロツドスタツドの先端が突出せしめられている」ということに変わりはないのであるから、イ号物件の構成要件を充足している。

また、甲特許明細書の特許請求の範囲には、「取付け部を覆うようにセラミツクフアイバーブランケツト、パルク又はフエルトを充填し」と記載されているが、「取り付け部」とは、ピンの他端で、凹所内で止材を取り付けた部分(甲特許公報記載の実施例によれば、凹所7内のピン4にナツト6、ワツシヤー5を締め付け止材8を係止する部分)を意味しているので、甲発明は、右取付部を右充填材で覆うことが必要の構成要件である。他方、右特許請求の範囲には、ピンの長さについては、「ピンの他端をこの凹所内に突出せしめ」とのみ記載されているから、当該ピンは、この凹所から炉内側に突き出る長さのものであればよく、断熱材の厚さより長くても短くても一向にかまわないのである。さらに、右特許請求の範囲には、「取り付け部」を充填材で覆うことが記録されているが、当該ピン全体を充填材で覆うことは全然記載されていない。技術常識から見ても、スタツドとセラミツクフアイバーとの組合せにおいては、スタツドの先端がカツプの縁部から炉内に突出するか否かは問題ではなく、ハンガーでライニングを押さえる機能を有するナツトの劣化を防止することが重要な課題であつて、甲発明においても、「ピンの取付け部」を充填材で覆うようにしてもその劣化を防止しているものである。したがつて、「ピンの取付け部」すなわち、ナツトの部分が充填材で覆われていれば、ロツドスタツドの先端が充填材によつて覆われているか、炉内にわずかに突出しているかという相違は、炉内の状況に応じて簡単に取捨選択できるいわゆる設計上の微差であつて、この点の相違によつて発明の同一性が失われるものではない。

(2) 第二先使用物件は、ライニングのノミナル厚さ一七〇ミリメートル、スタツド全長一八五・二ミリメートルであり、スツドスタツドの先端が炉内表面にわずかに突出する実施形式の物であるが、ライニングの厚さの許容差を考慮すると、ロツドスタツドの先端がハンガー内部に隠れて詰物内に埋没することもあるものであり、いすれにしても、第一先使用物件と同様に、イ号物件の構成要件eを充足くしていると解すべきである。

(3) 第三先使用物件は、ロツドスタツドの長さ一六〇ミルメートル、ライニングの厚さ一八五ミリメートルという実施形式のものであり、ロツドスタツドの先端が凹所内に隠れて充填材によつて覆われていもるのであり、イ号物件と構成を全く同じくすものである。

(4) また、第一ないし第三先使用物件は、スタツドの材質として「SUS三一〇S」なる特殊の耐熱、耐食金属材料を採用しているものであり、イ号物件及びロ号物件に共通している。

(三) 第一ないし第三先使用物件は、以下に述べるとおり、ロ号物件とも構成を同じくするものである。

すなわち、ロ号物件は、イ号物件の「バツクアツプ材2とセラミツクフアイバーブランケツトの積層体との厚さにほぼ等しい長さのロツドスタツド4」に代えて「バツクアツプ材2とセラミツクフアイバーブランケツトの積層体との厚さより短いツイストスタツド4」を使用しているほかは、構成においてイ号物件は、ロツドスタツドの取付ブランケツトを覆うように充填材が充填されている点において共通しており、スタツドの全長がライニングの厚さよりやや短い場合も含むものであるし、また、ロツドスタツドとツイストスタツドとは、容易に取捨選択できるもので、実質的に同一物であるから、イ号物件と構成を同じくする第一ないし第三先使用物件は、ロ号物件とも構成を同じくするものである。

(四) 以上のとおりであるから、被告は甲特許権の出願がされた昭和四六年八月六日の時点では、現に,日本国内において、三菱の炉の築造事業を行うことによつて、甲発明の実施である事業をしていた者であり、甲特許権全体につき、その実施品を業として製造及び販売する事業目的の範囲内において、先使用による通常実施権を有している。

なお、特許法七九法所定のいわゆる先使用権の効力は、特許出願の先使用権者が現に実施又は準備をしていた実態形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶのであるが、被告が実施又は準備した三菱の炉(第二先使用物件)の実施形式は、甲特許権の特許請求の範囲に記載された構成を過不足なく具備しているものであるから、右実施形式に具現された発明の範囲は、甲発明の範囲と全く一致するものであり、右先使用権の効力は、甲特許権の全範囲に及ぶものでいうべきである。

(五) また、仮に、事業をしていたことまでは認められないとしても、特許法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、「その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様及び程度において表明されていることを意味する」(最高判昭和六一年一〇月三日判例時報一二一九号一一六頁)ところ、本件においては、右(一)において認定したように、三菱に設置する炉の事実上の共同下請受注、計画図の作成、工事分担方法の決定、炉材構造図の作成及び日築への提出、原価の計算、工具の製作、耐火材の製造手配等によつて、被告らの即時実施の意図が客観的に認識される態様及び程度において表明されているのであるから、被告が甲発明の実施である事実の準備をしていたといえることは明らかである。

(乙特許権について)

4 構成要件Aについて

乙発明の構成要件Aの「板状に形成したセラミツクフアイバーブランケツトを多数圧縮して積層し」とは、炉ケーシングのごとき断熱材支持構造体の側面に設けた二個の支持体の間にセラミツクフアイバーブランケツトを順次圧縮しながら積層することを意味し、乙発明は、右のような特定工程によつて構成された耐火断熱構造体に関するもので、あくまでも現場施工により形成する技術に限られるものであるから、セラミツクフアイバーブランケツトを積層してワイヤー等によつて保持形成したブロツクを予め用意し、当該ブロツクを連続して取り付けて炉壁内面を構成する技術は、乙発明の技術的範囲に属さないところ、ハ号物件及びニ号物件は、多数の板状セラミツクフアイバーブランケツトが積層され、ミシンを用いて一定に圧縮しつつ縫合された後に、適宜の寸法に切断されて一つのブロツク(断熱材モジユール)を形成し、当該ブロツクが連続して炉壁内面を構成しているものであり、また、右のように形成されたブロツク左右両側面に係合された固定金具の両折曲片に、右ブロツクに貫挿されたパイプの両端部を連結し、ブロツクを固定金具に保持させたものであるから、乙発明とは物自体の構成ないし作用効果が著しく相違するものであり、乙発明の構成要件Aを充足しない。

原告は、乙発明は物の発明であるからその製法は問うところではないと主張し、確かに、物の発明においては方法自体に権利性を認めることはできないけれども、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべき特許請求の範囲に製法を加味した構成が記載され、その記載が当該物の構成を特定するために必要な場合においては、右記載も、当然発明の必要の構成要件となるものである。

また、原告は、乙特許出願の約六か月後に、「耐火断熱構造体の形成方法」という特許出願をしているが、そこでは、先行技術の説明として、乙特許出願に用いたのと同様の図面を使用して、従来は、セラミツクフアイバーブランケツトを一枚一枚圧縮しながら積層していたが、それが容易ではなく、施工上の問題があることから、これを解決するために、セラミツクフアイバーブランケツトの積層体をポリエチレンシート等により包装してブロツクを構成し、そのブロツクを支持体に支持せしめるようにしたものである旨記載されているのであるから、この出願に際してはじめて工場生産であるブロツクの考え方が出てきたものであることは明白であり、これはまさに、乙発明がセラミツクフアイバーブランケツトをブロツク化するという技術思想を含んでいないことを如実に示すものである。

さらに、乙発明は、一九七一年(昭和四六年)六月一五日に配布された米国特許第三五八四八六号明細書に記載された公知技術と同一、又はこれに基づいて容易に推考し得るものであり、重大な無効事由を包含しているものであるから、その技術的範囲は、特許請求の範囲に記載された文言の字義どおりの意義を有するものとして狭く解釈すべきものであり、乙特許明細書の特許請求の範囲における製造方法の記載は、乙発明の技術的範囲を定めるに当たり、必須不可欠の構成要件として考慮しなければならないものである。

5 構成要件C及びDについて

乙発明の構成要件C及びDは、圧縮積層されたセラミツクフアイバーブランケツトを簡単かつ剛固な支持体を利用してこれを炉ケーシングに一体に形成し、右支持体を圧縮積層されたセラミツクフアイバーブランケツト(ブロツク)の間に侵入させ、他側に出ないように突出させて右ブロツクを支持するものであるから、予め保持形成されたセラミツクフアイバーブロツクを、炉ケーシングに接合された金属フアスナーその他剛固でない固定金具を用いて炉ケーシングに取り付ける技術は、乙発明の技術的範囲に属さないところ、ハ号物件及びニ号物件においては、断面コの字状に折り曲げられた厚さ一・六ミリメートルの銅板からなる固定金具の隅角部を炉ケーシングに点溶接するだけであつて、右固定金具の左右の両折曲片は、その間に圧縮積層される多数のセラミツクフアイバーブランケツトを支持する剛固な支持体ではなく、また、右固定金具は炉ケーシングに一体に形成されるものではないのであるから、乙発明の構成要因C及びDを充足していないものである。

四 被告の主張に対する原告の認否及び反論

(甲特許権について)

1 構成要件Dについて

甲特許明細書の特許請求の範囲の項に記載した「U字状をなし、U字状の両端に互いに外方へ延長部分を有する止材」とは、セラミツクフアイバーのブランケツト又はフエルトに設けられた凹所に挿入されたその底部でピンによつて取り付けられると共に、当該ブランケツト又はフエルトの表面を押さえるために鍔を持つた部材を総称するものであり、カツプ状の止材が排除される理由は全くない。

もとより、止材は立体物であるから、U字状とは、止材を断面によつて観察した場合の表現であることはいうまでもなく、当該「U字状部の両端に互いに外方に延長する部分を有する」とは断面U字状の部材の外周縁の外方に延びるフランジを指称することは、当業者であれば誰でも理解するところである。また、「・・状」という表現を採ること自体その表す形状が厳密ななものではないことを示すものであり、U字状とカツプ状に明確な差を設けるものではない。

また、甲特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、「これ(止材)はコツプ状で縁に鍔を有する形のものでよい。」と極めて明瞭に記述されているのであつて、この記述は、特許請求の範囲の前記記述内容を念のために明確にしたものであり、特許請求の範囲に記載したU字状にはカツプ状を含むことは明らかであり、カツプ状を除外する余地は全くない。このことは、右発明の詳細な説明の欄の記載が実施例を説明した個所であり、同実施例に係る甲特許公報添付図面における止材がその断面を示しているものであることからも、明らかである。

そのほか、甲特許明細書の他の記載や図面をみても、カツプ状のものを除外する旨の記載も、それを示竣するような記載も一切ない。

なお、甲発明において凹所内のピン取付箇所を覆うように充填材を充填するのは、当該取付部が炉内表面に露出することによる熱損傷を防ぐためであつて、止材がカツプ状であれば、取付箇所はカツプの内部に存するから、そのないぶに充填材を入れることは当然である。カツプ状止材(リテイナー)は凹所にはめ込まれるのであるから、止材の内部に充填材が充填されても、凹所内に充填されていることにはいささかの変わりもない。

2 ピンの材質等について

(一) 甲発明ピンの材質が限定的に解されるべきであるという被告の主張は、著しく時機に後れて提出されたものであり、これがために訴訟の完結を遅滞させるものであり、また、当該主張の提出の後れたことについて、被告には少なくとも重大な過失が存するので、却下されるべきである。

(二) 甲発明の特許請求の範囲にはピンの材質など一切記載されておらず、ピンの材質は甲発明の構成要因になつていないのであるから、被告の主張は、理由がない。

甲特許公報2欄の記載は、甲発明が耐熱度の低い材質のピンでも使用できることを特徴としている旨を記載しているのであつて、耐熱性金属材料を意識的に除外したものではないことは多言を要しない。

また、甲発明は、甲特許公報2欄二ないし七行に記載されているとおり、断熱材(セラミツクフアイバー)として一四〇〇度の高温の場所でも使用できるものを使用する度合いの取付金具の構成を課題にしているものであるから、例えば、炉内が一三〇〇度の場合であれば、ピンの材質がインコロイ又はインコロネルであつても、断熱材で被覆する必要が生じてくるのであつて、かかる材質のものを除外する理由など全くない。

さらに、甲発明は、取付金具の耐熱性のみならず、取付工事の容易性をも目的としてされを解決したものである(甲特許公報2欄一八ないし二二行、4欄一五ないし一九行)から、この点からも、ピンの材質を限定する理由はない。

3 先使用権について

以下に述べるとおり、被告の先使用の事実は認められない。

(一) 三菱に設置された炉は被告が発明したものではないことはもとより、被告が築造又はその準備をしたものでもない。

三菱に設置された炉については、日築が三菱との間で請負契約を締結して築造工事のすべてを請け負つたものであり、日築は、右築造工事のうち炉ケーシングにセラミツクフアイバー及び耐火レンガを取り付ける工事(以下「耐火工事」という。)を東芝セラミツクスに下請けさせたものである。被告は、単に、米国カーボチンダム社から輸入した耐火材料たるセラミツクフアイバーを東芝セラミツクスに販売した者に過ぎない。したがつて、被告は、三菱に設置された炉の築造を行つた者ではなく、特許方七九条にいう「発明をなし、その発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」であるといえないのであるから、炉全体について先使用権が認められ得るような立場にない。

(二) 三菱に設置された炉は、次のとおり,イ号物件及びロ号物件とは異なるものである。

(1) イ号物件についつて

イ号物件においては、ライニングの厚さにほぼ等しい長さのロツドスタツドが炉体ケーシングに溶接されており、当該ロツドスタツドの取付部を覆うように充填材が充填されているものであるから、ロツドスタツドは、完全に充填材に覆われ、外部からはその先端も見ることができないものであり、そうであるからこそ、ロツドスタツドが炉内の高温にされされることがなく、こさに高耐熱合金を使用しなくてするものである。

これに対し、三菱に設置された炉は、ライニングの厚さを一七〇ミリメートル、ロツドスタツド(ピン)の長さを一八五・二ミリメートルとしたものであつて、ロツドスタツドの先端が炉内に突出しているものであり、ロツドスタツドを炉内に突出せしめないという甲発明の特徴を有してないものであるから、右特徴を有するイ号物件とは明らかに構成が異なり、発明として同一であるとはいえないものである。

もつとも、三菱に設置された炉の中にも、ロツドスタツドの先端が充填材で覆われているものも若干あるが、これは、甲特許出願後にされた施工に当たつてたまたまそのようなものがでてきたに過ぎず、当該炉に関し発明の対象となつたのは、あくまでロツドスタツドの先端が炉内部に突出したものである。

なお、被告は、第一先使用物件としてロツドスタツドの長さがライニングの厚さと同じく一七〇ミリメートルの物件も発明したと主張するが、右物件は、その案として乙第一九号証の一及び二に図示されているだけで、被告自身も右図面を含む書類が単なる構想にすぎないことを認めているところであり、同案は施工上の困難性等から廃案となつたものにすぎないきであるから、被告は、第一先使用物件の実施である事業をした者又はその事業の準備をした者には当たらない。さらに、被告は、第三先使用物件として、ロツドスタツドの長さ一六〇ミリメートル、ライニングの厚さ一八五ミリメートルという構成の発明の実施の事業の準備をしたものと主張するが、同案も、三菱に設置された炉に採用されることなく、むしろ実施に適さぬものとして廃案となつたものであつた。

また、被告は、甲特許出願の約一年後、三菱に設置した炉が築造より半年以上後に、「炉の内張り用耐火材の錆止措置」という実用新案の出願をしているが、そこでは、従来は、ロツドスタツドの先端等が炉の内部に露出するものであり、これらの部材が高温による燃傷をきたすために、セラミツクフアイバーの耐火温度よりも相当低い温度で炉が使用されていたところ、同考案においてはロツドスタツドが炉壁内に露出しないようにしたため、セラミツクフアイバーの耐熱特性を有効に利用できることなど指摘されているのであり、これは、まさに、三菱に設置した炉については、ロツドスタツドの先端を炉内に突出させないというイ号物件とは技術思想が異なるものであることを如実に示すものである。

ところで、被告は、甲発明の要点は「取り付け部」であるナツトの部分を充填材で覆うことにあり、ピンの長さがライニングの厚さより長くても短くてもそれは問うところではないと主張する。しかし、甲特許権の特許請求の範囲の「ピンの他端をこの凹所内に突出せしめ」、「凹所内でこれを前記のビンの他端で取りつけ」、「凹所内でこの取り付け部を覆うにらうにセラミツクフアイバーブランケツト、パルク又はフエルトを充填して」等の記載によれば、充填材は、「取り付け部」すなわち止材を取り付けているピンの他端(ナツト部分に限定されるものではない。」を覆うように凹所内に充填されるものであり、また、ピンは、凹所内に突出れれるもので凹所の開口部を越えて突出させられることはないのであるから、被告の右主張は、甲特許明細書の特許請求の範囲の記載を誤解したものである。

(2) ロ号物件について

ロ号物件については、スタツドの先端が炉内に突出していない点で、イ号物件について(1)に記載したところがそのまま当てはまるほか、ロツドスタツドではなくツイストスタツドを使用している点及びカツプ状止め具とスタツドを固定するに当たつてナツトを使用せず、カツプ状止め具の下端の孔がツイストスタツドの切り欠き部と係合することによつて固定させるものである点の技術思想は、三菱に設置された炉のは、全く表れていないものであるから、三菱に設置された炉ないし第二先使用物件がロ号物件とは異なるものであることは明らかである。

(三) 三菱に設置された炉は、甲特許出願当時、まだ築造にも、その準備にも至つていないものであつた。

まず、甲特許出願が昭和四六年八月六日であるのに対し、三菱の炉の築造がされたのは、同年一二月であり、工事開始も同年一二月であり、工事開始も同年一〇月一五日ころであるから、甲特許出願当時、三菱に設置された炉の築造がされていなかつたことは明らかである。

また、東芝炉材により作成された製作図面(乙第一九号証の一二)が日築によつて承認されたものは同年九月一四日であるから右炉の築造という事業の準備開始の日は、右承認の日以降である。

すなわち、三菱に設置された炉について、特許法七九条にいう「その発明の実施である事業の準備をしたというためには、甲発明の構成要件に対応する部分が確定し、甲発明の技術的範囲に属する特定の製造行為を即時に実施する意図を有することがまず必要であるが、ピンを炉内表面に突出させないという甲発明の不可欠要件(発明の要旨)に関するスタツドの構成が施行錯誤を繰り返して特定できずに昭和四六年九月一四日日築の承認がされるに至つて、はじめて、ピンの長さ、ライニングの厚さ等が確定したものであるから、それまでは即時実施の意図を有する余地がなつかたものである。

(乙特許権についつて)

4 構成要件Aについて

ニ号物件は、多数の板状のセラミツクフアイバーブランケツトが圧縮積層されたものであり、これを連続して炉壁内面を構成している以上、構成要件Aを充足していることは明らかである。

被告の主張は、乙発明に係る炉が一定の方法によつて製造されたものであることを前提としているようであるが、乙発明は「耐火断熱構造体」という物の発明にほかならないのであるから、その製法は問うところではなく、完成された炉の構成が問われるべきものである。確かに、乙特許明細書の発明の詳細な説明の欄には製造方法に関する記載があるが、このような記載があるからといつて、そこに記載された製法に限定されるものではないし、そもそも、「上記のように形成した構造体を分割して作り、炉の内側に設けた補強材に取り付けて形成することもできる。」(3欄二〇ないし二三行)との記載が存するからであるから、乙発明の構造体は現場施工のみではなく、分割した構造体を持ち込んでいわゆるプレハブ方式で製造することもできることが明細書自体に明記されているものある。結局、乙発明に係る製造体は、現場で施工されようが、ユニツト化したものを取り付けようが、物の構成には何ら変わるところがないものであつて、製造方法を考慮しないと当該物の構成を特定できないというようなものではないのであるから、特定工程によつて構成された現場施工により形成される構造物に限定すべきであるという被告の主張は、失当である。

また、原告は、乙発明に係る耐火断熱構造体を製造するための特定の方法について特許権を取得しているものであり、このように乙発明に係る構造体の製造方法の発明が乙発明とは別異の発明として認められているのは、それが乙発明の内容でないからこそであり、この点からも、乙発明が特定の製法による限定を受けるものではないことは明らかである。

さらに、乙第四六号証(米国特許第三五八四八四六号明細書)の開示するところは乙発明と全く異なるものであり、また、同号証から乙発明が容易に推考し得るものではないから、この点に関する被告の主張も前提を欠く失当なものである。

5 構成要件G及びDについて

断面コの字状に折曲された約一・六ミリメートル厚さの銅板は、それ自体が剛固な支持体であるから、ハ号物件及びニ号物件は、乙特許権の「断熱材支持構造体に一体に形成した剛固な支持体」を有するものである。右銅板の固定金具は、軽量なセラミツクフアイバーブランケツトを支持するものであるから、それとの相関関係からいつても、十分に剛固な支持体であるということができる。

また、固定金具が炉壁に溶接されるものであることは被告も認めるところであり、当該固定金具と炉壁が一体に形成されていることは明らかである。被告は、点溶接であるが故に一体形成とはいえない旨の主張しているが、ハ号物件及びニ号物件のように、点溶接でも十分な強度を保持し得る場合には、点溶接によつて一体形成されていると解して何ら差し支えない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

第一甲特許権に基づく請求について

一  請求原因1、2及び3((二)の(2)の別紙図面一の下図を除く。)記載の各事実並びに被告がイ号物件及びロ号物件を築造していることは、当時者間に争いがない。

二  そこで、イ号物件及びロ号物件が甲発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1  まず、甲発明の構成要件Dについて対比することとする。

甲発明の構成要件Dが「セラミツクフアイバー形成品又はコージライト、ムライト、アマミナ等の耐火物性でU字状をなしU字状の両端に互いに外方に延長する部分を有する止材を、左右に延長する部分でセラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面を押さえて、中央ブランケツトを前記凹所内に挿入し」という構成を示していること、それに対し、イ号物件及びロ号物件の構成要件dが、いずれも「上記凹所内には、断面が中空台形をなし、カツプ状で開口端外周縁部に外方に延びるフランジを有するセラミツク製のリテイナーが挿入され、そのフランジでセラミツクフアイバーブランケツトの積層体の表面を押圧している」という構成を示していることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、イ号物件及びロ号物件の構成要件dにいう「断面が中空台形をなし、カツプ状で開口端外周縁部に外方に延びるフランジを有するリテイナー」が甲発明の構成要件Dにいう「U字状をなしU字状部の両端に互いに外方に延長する部分を有する止材」に含まれるものであるか否かを検討する。

いずれも成立に争いのない乙第一〇号証及び第一一号証によれば、「U字状」という用語自体が示す概念は明瞭であるということができるが、前記争いのない甲特許証明書の特許請求の範囲の記載によれば,そこに記載れた止材は立体物であるから、ある方向から見ればU字状のものであつても、他の方向見ればU字状とはいえないということが当然に起こり得るものである。そこで、甲特許明細書の特許請求の記載を更に検討すると、「U字状の両端に互いに止材を外方に延長する部分を有する止材を、左右に延長する部分でセラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面を押え」と記載されており、このような形成であるためには、「U字状」というのは、セラミツクフアイバーブランケツト又は、フエルトの表面と大体垂直な断面(炉体ケーシングの面と大体垂直な断面)において「U字状」であることが必要であると解されるが、更に当該断面の向きが特定の方向性を有するものに限られる旨の記載はない。

また、成立に争いのない甲第二号証の一及び二によれば、甲特許明細書の発明の詳細な説明の欄においては、「U字状に形成してあり、中央部にピン4の挿通孔、U字状の両端に互いに外方に延長する部分8が形成されている。これはコツプ状で縁に鍔を有する形のものでよい。」と記載されていること(甲特許公報第3欄一六行目ないし一九行目)、これに対して、カツプ状のものを除外するような記載は一切ないこと、また、甲発明の実施例を示す図面には、セラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面と大体垂直な面(炉体ケーシングの面と大体垂直な面)の断面図が示されていることが認められる。

以上に記示した点を考え合わせると、甲発明の構成要件Dにいう「U字状」は、「断面U字状」の意味に解するのが相当であり、また、当該断面は、セラミツクフアイバーブランケツト又はフエルトの表面と大体垂直の面であれば特に面のとうほこうが限定されるものではなく、カツプ状の止材もその技術的範囲に含まれるものと解される。したがつて、イ号物件及びロ号物件の構成要件Dにいう「断面が中空台形をなし、カツプ状で開口端外周縁部に外方に延びるフランジを有するリテイナー」は、甲発明の構成要件Dにいう「U字状ないしU字状部の両端に互いに外方に延長する部分を有する止材」の技術的範囲に含まれるものと解するのが相当である。

なお、被告は、甲発明においては、右止材の中央部を凹所内に挿入し、ピンの他端で取り付けた後、「凹所内にこの取り付け部に覆うようにセラミツクフアイバー、パルク又はフエルトを充填」するものであるから、右セラミツクフアイバーブランケツト等は、凹所内に取り付けられくたカツプ状の止材の中に充填されるのではなく、凹所内に直接に充填されるものでなけばならない旨主張するが、前掲甲第二号証の一及び二並びに弁論の全趣旨によれは、止材がカツプ状であれば、取付け箇所は当該カツプの内部に存するから、当然その内部に充填材を入れることになるが、当該カツプ状止材が凹所にはめ込まれるものである以上、凹所内に充填されていることは変わりないであつて、被告の右主張は矢当である。

2  次に、被告は、甲特許明細書の特許請求の範囲に記載されている「ピン」は、断熱度が低く一〇〇〇度以上の温度で使用できない金具で、かつ、高温ガスで侵されやすい材質の物に限られるものと解すべきであると主張する(原告は、被告の右主張は、著しく時機に後れて拠出されたものであり、これがため訴訟の完結を遅滞させるものであり、また、当該拠出の後れたことについつて、被告には少なくとも重大な過失が存するので、却下されるべきであると主張するが、右主張が少なくとも訴訟の終結を遅滞させるものであるといえないことは当裁判所に顕著であるので、その当否について判断することとする。)が、前記争いのない特許請求の範囲には、ピンの材質を被告主張のように限定したものと解すべきであることを覆わせるような記載は全くされていないのであるから、被告の右主張は採用することができない。

被告は、甲発明は、高価でとくしけて高温耐熱材料を用いる代わりには耐熱度の低い安価な金属材料を用いることを発明の主要課題としているのであるから、特許請求の範囲に記載されている「ピン」の材質は自ら限定されるべきである旨主張し、前掲甲第二号証の一及び二よれば、甲特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、甲発明によれば、「耐熱度の低いとめつけ金具を用いて炉を構成でき」、「従つて、ピンに耐熱度の低い安価な入手容易な材料を用いることができ」る旨の記載があることが認められる(甲特許公報第2欄一八行目及び一九行目並びに第4欄一五行目及び一六行目)けれども、そもそも、発明の技術的範囲は原則として特許請求の範囲の記載に基づいて確定されるべきものであるし、また、特許を受けようとして出願する者は、その発明について最大限の保護を求めていると考えるのが合理的であるから、出願人が意識してその発明の技術的範囲を限定しているというためには、特許請求の範囲の記載等においてそのことが明らかにされていることを要するものというべきであるところ、甲特許権については、特許請求の範囲にも発明の詳細な説明の欄にも、ピンの材質を限定することを示すような記載は認められない。なお、甲発明の作用高価として耐熱度の低いピンの使用が可能になるということから直ちに耐熱度の高いピンを使用したものは甲発明を実施したものとはいえないという結論を導き出すことができないことは明らかであるから、発明の詳細な説明の欄に前記認定のような記載があるからといつて、ピンの材質が限定されるとうい考え方を採ることはできない。

3  イ号物件及びロ号物件が甲発明のその余の構成要件を充足していることは、その表示自体から明らかであるから、イ号物件及びロ号物件は、いずれも甲発明の技術的範囲に属するせのであるとはとめるのが相当である。

三  先使用の抗弁について

1  被告は、第一ないし第三先使用物件の実施又はその準備による先使用権を主張するのでこの点について判断するに、その経緯については、成立に争いのない乙第一九号証の七、証人小島孝の証言(以下「小島証言」という。)、同馬場勇の証言(以下「馬場証言」という。)及び同丹藤喜夫の証言(以下「丹藤証言」という。)並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三六号証の三、右各証言により真正に成立したものと認められる乙第三三号証、小島証言及び馬場証言並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三六号証の四(ただし、二〇枚目、二一枚目、一〇六枚目、一一八枚目ないし一二〇枚目及び一八二枚目は、成立につき当事者間に争いがない。)、右両証言により真正により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の一三、小島証言及び丹藤証言により真正に成立したものと認められる乙第三六号証の二及び五並びに第三七号証の三、小島証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の九、第三〇号証の三、第三一号の証二及び三、第三八号証並びに弁論全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三七号証の一(ただし、一七〇枚目左欄、一七一枚目及び一七三ないし一七六枚目は、成立につき当事者間に争いがない。)、右両証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の一及び第三〇号証の二、馬場証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の二ないし四、六、一〇及び一一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一九号の証の五、一四及び一七、第三〇号証の一、第三一号証の一、第三六号の証の一、第三七号証の二(ただし、二枚目、三枚目、八〇枚目ないし八五枚目及び八八枚目ないし九四枚目は、成立につき当事者間に争いがない。)。小島証言、馬場証言及び丹藤証言、検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認められるとかでき、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 日築は、昭和四六年初めころ、三菱からの台車型燃焼炉の製造請負の見積り依頼に応じて、下請となるべき会社から計画図、見積等を出させるなどした上で、同年四月二一日、三菱との間で、右工事を代金二九九〇万円で請け負う旨の契約を締結した。

この際、東芝セラミツクス、被告及び東芝炉材の三社(以下「東芝グループ」という。)は、東芝セラミツクスを営業の窓口として、日築と打合せをした上で、カツプ状のセラミツクハンガーを係止具として使用してフアイバーウオールを施工する技術を開発し、昭和四六年二月一五日、日築名義で「台車式加熱兼燃焼鈍炉計画図KE-四〇〇八八」を作成し、日築は、三菱の引合いに応じて、この図面を添付した右燃焼炉の見積仕様書を三菱に提出した。右図面には、ロツドスタツド先端が凹所内に隠れて炉内に突出していない構成の第三先使用物件が記載されていた。

(二) 東芝セラミツクスは、日築から、三菱に設置される前項記載の炉の耐火工事を代金合計四三四万二六二五円で請け負つたが、炉壁及び天井にセラミツクフアイバーを使用するという特殊な使用に対応するため、一〇〇パーセント子会社である東芝炉材及びセラミツクフアイバーの製造及び施工に実績を有する関連会社である被告と共同分担し、実質上東芝グループが一体となつて右工事に当たることとした。東芝グループ内におけるそれぞれの役割は、被告は、主にセラミツクフアイバーの材料及び工具の供給、施工技術の供与及び指導等、東芝セラミツクスは、東芝グループの窓口としての営業活動、セラミツクフアイバー以外の材料の供給等、また、東芝炉材は、実際の工事施工及びこれに必要な施工図面の作成等とされていた。

なお、東芝セラミツクスは、同年四月七日こす、右セラミツクハンガーの材質を検討してその製造原価を計算しており、この結果に基づいて右耐火工事を行うために必要て材料被及び工事費を計算すると、合計八〇〇万円ないし九〇〇万円となることが見込まれたが、東芝グループは、従来セラミツクフアイバーを断熱材として用いた炉の製造実績が乏しかつたことから、その実績作りをして、以後の営業に資するため、あえていわゆる出血受注を行つた。

(三) 東芝グループの担当社員は、同年五月八日、東芝セラミツクス刈谷工場において、三菱に設置する炉の設計につき検討を行い、第一先使用物件の構成を採用することを打ち合わせた。右打合せの席において、被告は、セラミツクフアイバーの施工関係を分担するための準備として、セラミツクハンガーの米国での施工方法を調査するとともに、セラミツクハンガー取付け時の孔あけ工具の作成及びこれによる孔あけ作業の実験等を行うこととされた。これは、東芝グループには、セラミツクハンガーを使つて築炉するというけんけんがそれまでなかつたことから、現場施工の前に、予め被告の工場内で、治具を使つて実験してみる必要があつたためである

(四) その後、東芝セラミツクス及び東芝炉材は、第一先使用物件のセラミツクハンガーの構想を基礎として更に検討を重ね、最終的には、第二先使用物件を実施することとし、築炉工事を分担した東芝炉材において、第二先使用物件う使用する炉材構造図(図番M〇〇八六)を同年七月一九日付で作成して、これを日築に提出し、同年九月一四日付で同社の承認を得た。

なお、同年二月一三日付の(一)記載の当初の製作図面を作成した段階では、ライニングの厚さが一八五ミリメートルとされていたのに対し、スタツド長さは、これよりも相当短く、約一六〇ミリメートルとされていたが、同年七月一九日付の右炉材構造図においては、ライニングの厚さ一七〇ミリメートル、スタツドの長さは、先端の尖つた部分約五ミリメートルを除いて一八〇ミリメートルと変更された。このうち、ライニングの厚さについては、出血受注をしていることもあつて、できるだけ材料を節約したいという観点から、熱計算をやり直した結果、一七〇ミリメートルの厚さでも実用上問題がないという結果を得たこと、また、施主である三菱も、これを了解したことから、これを一八五ミリメートルから一七〇ミリメートルに変更したものであり、スタツドの長さについては、ライニングの厚さよりも短くすのと実際の施工が困難であると考えられたことなどから、いつたんライニングの厚さと同じにするということで一六〇ミリメートルから一八五・二ミリメートルに変更され、その後ライニングの厚さを一七〇ミリメートルに変更することにした時点では、既に一八五・二ミリメートルの長さのスタツドを製作済みであつたこと、右スタツドを短くすることについては工作記述上の問題があり、非常に費用がかかること、スタツドが長くて先端が炉内に突出しても特に支障はないと考えことなどから、再変更はしないで、一八五・二ミリメートルのものをそのまま使用することになつたものである。

(五) 東芝セラミツクスは、同年七月二〇日、第二先使用物件を含む自社製造分の耐火材の製造を自社手配したが、都合により工事が一時延期となり、同年八月二四日、右耐火材の製造指示をして、同時に被告に対してもセラミツクフアイバーの発注を行つた。

その後、東芝炉材は、東芝セラミツクスが手配したセラミツクハンガー、スタツド、耐火材等及び被告が手配したセラミツクフアイバー等を使用し、(四)記載の炉材構造図(図番M〇〇八六)に基づいて、東芝セラミツクス及び被告の協力の下にこい耐火工事を行い、同年一二月七日に一応竣工し、翌四七年七月一六日に補修工事を終えた。

2  以上の事実を前提にして、まず被告が第一ないし第三先使用物件を実施していた事実が認められるかどうかについて判断するに、三菱に設置された炉の耐火工事の内容が確定して実施されるに至つたのは、昭和四六年九月一四日に日築が被告らの同年七月一九日付提出に係る炉材構造図図番M〇〇八六を承認した後であり、甲特許権が出願された昭和四六年八月六日の時点では、第一ないし第三先使用物件のいずれについても、その発明の実施である事業を行うに至つていなかつたものである。

そこで、次に被告がその事業の準備をしていたといえるかどうかについて判断するに、特許方七九条にいう発明の実施である事業の「準備」をしていたというためには、その発明を即時に実証する意図を有し客観的態様でこれを表明することが必要であり、その前提として当該発明の構成要件に対応する部分が確定しこれを実施することが客観的に可能である程度に発明が完成することが必要である。これを本件について見ると、三菱に設置された炉については、設計段階で、第三先使用物件から第1使用物件を経て第二先使用物件へと、炉の構成の基本的部分の一つであり発明の要旨に係るスタツドの長さ及びライニングの厚さが変更されたものであり、前記認定の経緯に照らして考えると、セラミツクハンガーを用いた炉の製造が東芝グループにとつて始めてのことであつたことなどから、第二先使用物件が発明されて実施に移されることになる以前の段階においては、なお設計につき施行錯誤を繰り返していたものであり、また、その実施のためには、更に被告において、米国での施工方法を調査したり、工具の製作及び実験等を行う必要があつたのであるから、第三先使用物件及び第一先使用物件は、いずれも、まだ構想の域を出ないものであり、発明の構成要素が確定して完成したものではなかつたといわざるを得ない。したがつて、第三先使用物件及び第一先使用物件の関係では、その余の点について判断するまでもなく、甲特許権につき先使用権の成立を認めることではない。

これに対し、第二先使用物件は、東芝セラミツクス及び東芝炉材が、施主の意向をも勘案しつつ、第一先使用物件のセラミツクハンガーの構想を基礎として検討を重ね、築造すべき炉の構造を最終的に確定したものであり、実際にこれに基づいて三菱の炉の築造が行われたものであるから、これを図面化した段階で発明として一応完成していたものであるということができ、また、第二先使用物件を記載した炉材構造図(図番M〇〇八六)を最終的な案として昭和四六年七月一九日付で日築に提出することによつて、これを即時実施する意図が客観的に表明されこものということができるきであるから、甲特許権に表明されたせのということができるきであるから、甲特許権の出願日(同年八月六日)の時点では、第二先使用物件に係る発明の実施である事業の準備がされていたものということができる。

3  そこで、次に、第二先使用物件の発明が、甲発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第一〇号証及び前提乙一九号証の一二ないし一四によれば、第二先使用物件は、ライニングの厚さ一七〇ミリメートル、ロツドスタツドの全長一八五・二ミリメートルという構成であり、ライニング凹所内に挿入された止材(セラミツク・ハンガー)の底を貫通して挿通されたロツドスタツドの先端が止材から炉内へ突出していんるものである。

ところで、甲特許明細書の特許請求の範囲に「炉体ケーシングに一端を溶接したピンの他端をさの凹所内に突出せしめ」、「凹所内で、これを前記のピンの他端で取りつけ、凹所内でこの取り付けブランケツトを覆うようにセラミツクフアイバーブランケツト、パルク又はフエルトを充填」という記載があることは、当事者間に争いがなく、また、前掲甲第二号証の一及び二によれば、甲特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、甲発明は、「耐熱度低い止め付け金具を用いて炉を構成でき、かつ、この金具が高温ガスで侵されることなく」することが目的の一つであり、甲発明によると、「ピン4はセラミツクフアイバーのパルク、ブランケツト、フエルト9で覆われ、炉内面の高温ガスから隔てられるので、高温ガス中の腐食性物質によつて侵されず、高温ガスから断熱される」旨の記載があることが認められる。右記載内容に照らすと、甲発明は、炉発明は、炉体ケーシングに一端を溶接したピンの他端が炉内表面に突出せず、炉内面に開口する凹所内に充填された充填材に覆われることが必須の要件であり、その特徴点であると解するのが相当である。

そうであるとすれば、甲発明が「ピン(スタツド)先端を充填材で覆う」という技術思想に基づいているのに対し、第二先使用物件はこのように技術思想に基づくものとはいえず、第二先使用物件の基礎となる発明は、甲発明の技術的範囲に属するものであるとはいえないというべきである。

この点に関し、被告は、甲発明の特許請求の範囲に記載された「取り付け部」とは、ピンの他端で、凹所内で止材を取り付けた部分(甲特許公報記載の実施例によれば、凹所7内のピン4にナツト6、ワツシヤー5を締め付け止材8を係止する部分)を意味しているので、甲発明は、右取付部を充填で覆うことを必要の構成要件とするものであり、他方、右特許請求の範囲には、ピンの長さについては、「ピンの他端をこの凹所内に突出せしめ」とのみ記載されているから、当該ピンは、この凹所から炉内側に突き出る長さのものであればよく、断熱材の厚さより長くても短くてもそれは問うところではない旨主張するが、これは、独自の見解であつて、採用することができない。さらに、被告は、技術常識から見ても、ナツトの劣化を防止することが重要な課題であつて、スタツドの先端がカツプの縁部から炉内に突出するか否かは問題ではないと主張し、小島証言の中にはこれに沿う内容の部分が存するが、成立に争いのない甲第八号証によれば、被告は、甲特許出願の約一年後に、「炉の内張り用耐火材の係止装置」という実用新案の出願をしているところ、そこでは、従来は、スタツド先端等が炉の内部に露出しているため高温による損害をきたすことがあるので、セラミツクフアイバーの耐火温度よりも相当低い温度で炉が使用されていたが、同考案においてはスタツドが炉壁内に露出しないようにしたため、セラミツクフアイバーの耐熱特性を有効に利用できることなどが指摘されており、これは、まさに、第二先使用物件が、ロツドスタツドの先端を炉内に突出させない甲発明とは異なるものであることを示すと共に、スタツド先端を充填材で覆うことが技術上意味のしることであり、スタツド先端が炉内に突出しているか否かで技術思想が異なることを示すものである。

4  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告の先使用の抗弁は、理由がなく、原告の甲特許権に基づく炉の築造差止めの請求を妨げる理由の存在を認めることはできない。

四  以上認定した事実によれば、被告は、甲特許権を侵害するものであることを知りながら、又は過失によつてこれを知らずにイ号物件及びロ号物件を築造した者であるから、これにより原告の被つた損害を賠償すべきき無を負うものである。

ところで、被告が昭和五七年一月以降同五九年一二月に至るまでの間に合計金一億三五五一万〇五九四円の右炉の築造工事を行つていることは、当時者間に争いがない(右金類以上の築造工事を行つたことを認めるに足りる証拠はない。)。他方、成立に争いがない甲第一一号証の一ないし三その他本件証拠及び弁論の全趣旨によつて認められる甲発明の需要性の程度、その実施によつて被告の得る利益と原告の失う利益、同種の特許の実施料率の水準その他錯誤の事情を総合勘案すると、甲発明の実施に際し通常受けるぶき実施料は、売上高の五パーセントと認めるのが相当であり、この料率を右金額に乗じて算出した金六七七万五五二九円が原告の被つた損害であると認めるのが相当である。

したがつて、原告の損害賠償請求は、右金六七七万五五二九円の実施料相当額の金具及びこれに対する甲特許権侵害行為の後である昭和六〇年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める程度で理由がある。

第二乙特許権に基づく請求について

一  請求原因7、8及び9((二)の(2)の別紙図面二の下図並びに(1)のD(二)の(2)の「支持体突出分」が「支持体」と改められるべきかどうかという点を除く。)記載の各事実並びに被告がハ号物件を築造していること及びニ号物件を製造販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、ハ号物件及びニ号物件が乙発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1  前記争いのない請求原因8記載の事実のとおり、乙特許明細書の特許請求の範囲には、「セラミツクフアイバーブランケツトを多数圧縮して積層し、この中に積層方向に突き通して棒を挿入し」という記載部分があるが、このうち、「圧縮して積層し」及び「挿入し」の部分は、乙発明の係る物の製法を規定したものであることが文理上明らかであるが、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものであるから、右記載は、乙発明の構成を規定しているものといわなければいけない。

被告は乙発明は「耐火断熱構造体」という物の発明にはかなわないのであるから、その製法は問うところではなく、完成された炉の構成のみが問われるべきものであると主張するが、乙特許請求の範囲には、右のような製法に関する記載がされており、他方、成立に争いのてい甲第四号証の一及び二によれば、乙発明は、出願公告後、特許法六四条の規定により特許請求の範囲を追加補正すると共に、作用効果を補充したものであるところ、この補充作用効果は、「セラミツクフアイバーブランケツトを圧縮しながら積み上げ、これと支持体に棒を挿通するだけで構成できるので、取付作業も非常に簡単」であるというものであることが認められるが、右作用効果は、特許請求の範囲に記載の製法と結び付いた作用効果であり、この点からも、右製法の記載を発明のさうせい要素から除外することはできないというべきである。また、成立に争いのない乙第三四号証によれば、原告が、乙特許出願約六か月後に、「耐火断熱構成体の形成方法」という特許出願をしていること、右出願においては、先行技術の説明として、乙特許権の出願の際に用いたのは同様の図面を使用して、従来はセラミツクフアイバーブランケツトを一枚圧縮しながら積層していたが、これが容易ではなく、施工上の問題があることから、これを解決するために、セラミツクフアイバーブランケツトの積層体をポリエチレンシート等により包装してブロツクを構成し、そのブロツクを支持体を支持せしめるようにしたものである旨が記載されていることが認められるのであるから、この出願に際してはじめてブロツクの考え方が出てきたものであることは明白であり、このことは、乙発明の技術的範囲が、その特許請求の範囲に記載された現場施工の製法に係るものに限定され、セラミツクフアイバーブランケツトを予めブロツク化するという技術思想を含んでいないことを示すものであること解される。

なお、成立に争いのない甲第九号証によれば、原告は、乙特許権とは別に、乙発明に係る耐火断熱構造体を製造するための特定の方法につき、特許権を取得していることが認められるところ、原告は、このような乙発明に係る構造体の製造方法の発明が乙発明とは別個の発明として認められているのは、製造方法が乙発明の内容ではないからであるとして、乙発明については、製法の記載を無視すべきである旨主張するが、乙発明は、右の製法の方法の発明とは異なつて、あくまでも物の発明であり、したがつて、特許請求の範囲における製法に関する記載をいかに解釈するかが問題であつて、右のような方法を発明が特許されていることから、直ちに乙発明の特許請求の範囲の製法に関する記載を無視すぜきであるということは相当ではない。

したがつて、乙発明の技術的範囲の解釈に当たつては、製法に関する構成要件を除外することはできず、現場施工のものに限定して解釈すべきものである。

2  これに対し、ハ号物件及びニ号物件は、別紙物件目録(三)及び(四)の欠く記載から明らかとなり、いずれも、現場施工のものではなく、予め多数のセラミツクフアイバーブランケツトを積層し、ミシンを用いて一定に圧縮しつつ縫合してブロツクを形成することを構成要件としているものであるから、ハ号物件及びニ号物件は、その余りの点について判断するまでもなく、乙発明の技術的範囲に属しないものと解するのが相当である。

二  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、乙特許権に基づく原告の請求はいずれも理由がない。

第三結論

よつて、原告の請求のうち、甲特許権に基づきイ号物件及びロ号物件の築造差止め並びに損害賠償金六七七万五五二九円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九二条本文を、仮執行に宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判所長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)

〈以下省略〉

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